あらゆる事象がデジタルに置き換えられ、同時にデジタルがフィジカルに浸透していこうとしている現代。マス・コミュニケーションを前提としたメディアの影響力は相対的に下がり、個から発信されるニッチで先鋭的な情報はテクノロジーとネットワークによって世界中のフォロワーに、瞬時に発信される。コンテンツのあり方が急激に変化している。コンテンツそのものの魅力が高まっているのだ。
その余波は、既存のコンテンツホルダーにも容赦なく襲いかかっている。エンターテインメントの世界も例外ではない。新しいミレニアムから20年が経とうとしている。人々はようやく、旧来型のエンターテインメントの再定義を行おうとしているといっても、過言ではない。
そんななか、2018年に創業30周年を迎えたエンターテインメント・コンテンツ企業のリーディングカンパニー、エイベックス株式会社に注目が集まっている。大規模な構造改革、社外のイノベーターにコワーキングスペースを解放し、オフィス内もフリーアドレスとして、日経ニューオフィス賞も受賞した新しい本社ビル。新事業創出に繋がる積極的なアイディアハッカソン、国内外オープンイノベーション、M&Aへの取り組み。エイベックスのブランドが変わりはじめたとも言われる、その変化を推進している一人が、エイベックスのグループ執行役員、加藤信介氏だ。エンターテインメントの最前線にいる加藤氏へのインタビューは、変化の起こし方から自身のルーツまでを包み隠さず語るエモーショナルな内容となった。聞き手はHEART CATCH西村真里子。(2019年12月 flags!掲載記事を転載)
エイベックスが推進する新規事業の現在地
──昨年30周年を迎えたエイベックスの大きな過渡期の中で、加藤さんは様々な役割を担当されてきたと思います。改めて今まで担ってきたことと、今取り組んでいることについて教えていただけますか?
2017年にかけて行った構造改革時は、松浦(現会長)の社長室の責任者として構造改革を並走して、構造改革後の新体制では戦略人事、グループ広報、マーケティングアナリティクス、デジタルR&Dの4つを中心とした会社横串の領域を担う役員として、エイベックスが目指す姿を実現するための制度設計や施策を色々やって来ました。
次はより一歩踏み込んだ、施策や風土だけじゃなくて、その上へ実際にファクト、つまり新しい事業を生み出す必要性と、それをドライブさせていく組織の必要性を感じて、2018年、新事業開発と新事業に繋がる投資領域を僕の組織に内包するという意思決定をしました。
新事業と投資においては、まず既存事業に隣接する領域やエイベックスの30年分の強みを使って事業創出できる領域がプライオリティです。ここは新卒からエイベックスにいる僕もそうですし、現在のスタッフが持っている強みを生かせる領域でもあります。この領域でまずはPDCAと組織としてのノウハウを溜めてしっかりファクトを作りながら、マーケットイン目線、スタッフの想いをエンパワーメントして事業化、そして飛び地への挑戦なども含めた、段階的なポートフォリオ戦略を組んでいます。
──実際にどのような事業を手掛けているんですか?
既存事業に隣接するという文脈でいうと、例えばネット及び個人クリエイター領域への包括的な挑戦、というドメインがあります。
まず大前提として、僕らは「スターを生み出すこと」に高いモチベーションを感じている会社で、それを得意にしてきた会社です。でも、スターの概念は、時代とともに変わりますよね。実際に既存の方法じゃなくて、時代にあった発信方法の中から新しい人気者がどんどん出て来ています。当たり前ですが、僕らはそこに対応して時代にあった人気者を生み出して行きたいし、行かなければならない。
何をするにも全てゼロイチを自社だけでやることに固執する時代じゃないと思うんです。新しい領域にはその領域に知見と想いのある会社と一緒に共創していくのが最適解なこともある。その前提のもと、この領域の一枚絵実現のために、ビジョンに共感していただいた3社を子会社化という形で仲間に迎え入れ、インフルエンサーマーケティングのプラットフォームはスクラッチで組み上げました。それに加えてエイベックスの機能やアセットをフル活用して、共創も含めた連合軍で攻めています。
こういう戦略は、ある意味既存事業から離れた新事業と投資の目線だからこそ設計できると思いますし、明確にうちのコアな部分に価値貢献できるドメインですので、注力領域として取り組んでいます。
そのほかにも人気者という文脈でいうとヴァーチャルキャラクター事業。「まりなす(仮)」はアワードで賞を貰うほどたくさんのファンの方に応援していただいていますね。色々なジャンルの方の活動を最大化したいと考えていますので、アスリートや現代美術家のエージェント領域にもトライしています。
その他にも事業軸でいうと、東芝デジタルソリューションズさんと協業した音声合成のジョイントベンチャーの立ち上げ、エイベックスUSAと連携して取り組んでいる、世界中の音楽スタートアップとのオープンイノベーションプロジェクトである「Future of Music」があります。また動画解析技術とデータサイエンスを活用したダンスのスコア化を実現する事業にも取り組んでいて、それは実際にエイベックスのスクールでも導入済み。あと最近は旅行事業もはじめました(笑)。
──旅行!
さっきお話した事とは違って、飛び地ですよね。
itomaというサービスです。
もちろんエンターテインメントを広義に捉えると旅行は僕らのフォーカスに入って来ますので、もともと事業創出として狙っていた領域ではあります。でもOTA(Online travel agency)のノウハウはエイベックスにはない。
そんな中で事業化のきっかけは出会いでした。大手OTA出身で、自身の経験を通じて今の宿泊施設、特に旅館に対する解決したい課題とそれに対する打ち手になる可能性のある事業プランを持っている方と出会いまして。それは特に宿泊施設の平日稼働率に関する課題だったんですが、その話を聞いた時に、働き方改革や有休休暇の取得義務化で平日の過ごし方のニーズが変化してきているなかで、新しいエンターテインメント体験が提案できる可能性があるかも、と思いました。
このあたりの想いはnoteに書いてあるので割愛しますが、そこから半年以上かけてその方と壁打ちを続けて解像度がかなり上がって来たので、事業化をする意識決定をしました。それと同時にその方にエイベックスに入社してもらい、事業責任者として事業を推進してもらっています。
──itomaは既存事業と連携していきますか?
新事業は新しい価値を作っていくものなので、なんでもかんでも既存事業との連携を設計して自社でやる意味を執拗に問うのは違うと思っていて。今回の事業はまずはitomaが成し遂げたい世界の実現をピュアに追い求めます。そうすることによって、あたらしいエンターテインメント体験を提案できると思っています。
ただ、会員制という特性上、次の段階に入ることができた場合は、既存のライフスタイル、ライブといった事業と連携したり、飲食への展開など領域の拡大につなげていくことは可能でしょうね。
「複雑なものはうまくいかない」
──新規事業をどんどん立ち上げていく、その秘訣はありますか?
まずは自社の強みと、新事業組織にいる人材の強みがどこにあるかをベースにして領域の優先順位を決めた上で、そこをコアにしながら、マーケットイン領域や飛び地への挑戦までを含めた中長期的なポートフォリオを俯瞰で設計して、段階的に取り組んでいくことだと思います。
当たり前ですが、自社の強みとノウハウを生かせる領域の方が成功確率は高くて、未経験の領域に未経験のチームで飛び込んでいくのは成功確率が低い。
だから自社の強みを生かせる領域にまずは積極的に飛び込んでいきながら、ここは飛び地だけど任せられる人材がいるから行こう!とか、どうなるかわからない事業だけれども、想いを持っているスタッフがいるから一定の枠内で自由に動いてもらおう!とか、自分なりのロジックと担保を持ちながら領域を広げています。
あと、新事業組織と投資組織をセットにしているのも重要で、投資組織のメンバーが時にはCFO的な役割を担ってくれることもありますし、新事業組織にとって、M&Aやジョイントベンチャーという選択肢が一気に身近になる。これはめちゃくちゃ大事だと思います。
──領域が多岐に渡っていることも驚きです。
付け加えますが、僕の管掌領域だけで新規事業を集約するという考えではないんです。既存事業の組織の中でも事業開発は当然すべきですし、エイベックス・テクノロジーズ株式会社というテクノロジー領域の事業創出に特化した会社もある。
それぞれがそれぞれの強みを生かしながら、みんなで事業創造をしていく。全社で新しいことに取り組み、その結果会社が強くなって風土も醸成されることが大事だと思います。
──新規事業を興すときに大切にしていることはなんでしょうか?
「複雑なものはうまく行かない」。ドラッカーの言葉ですが、やる・やらないという意思決定をする際に大事にしている価値観です。 自分の専門領域ではないものもあるので、全てに専門性を持って判断するのは難しい。そんなときに、それ自体にワクワクできない、あるいはシンプルに反応できないものは施策をどれだけ積み重ねてもやっぱり勝つのは難しいと思います。あとは「コンテンツファースト目線」。テクノロジー文脈でも、テクノロジーを使うことが目的になると多分本末転倒で。例えばアプリでAR技術を使っているものってたくさんありますけど、あればみんなAR技術を使ってるからじゃなくて、そのアプリ自体がエンタメとして楽しいから流行ってるんですよね。どちらから物事を見るのかは大切にしています。

熱狂的なドライバーをエンパワーメントするマネジメント
──次にフラグを立てようとしている領域はありますか?
もちろんありますが、かなりザクッと構えています。事業と、想いを持っている事業責任者とはセットであることが多いので、人との出会いで事業に繋がることもありますし、決してガチガチに領域ありきでは考えてません。M&Aも同様です。狙ってその領域の企業をターゲットにする場合もありますが、偶発的な出会いがあって、そこで人と人とがつながって、お互いWin-Winになる可能性が見えた時に、M&Aという手段に発展することもあるということです。
──特定の領域やマーケットに張るというより、人と人との出会いで生まれる事を大切にしているということですね。
真ん中には人がいるということです。事業で大事なのはやっぱり人。事業を進めていくドライバーがいるかどうかなんです。熱狂的な人間がいるかどうか。とはいえ新事業組織の全体のグランドデザインを描く時に、人起点にならないことは当然あります。その場合はまずマーケットを定めてから人を集めていくこともある。全体を俯瞰しつつ、グランドデザインを引き、足らないものは何か、どう集めてくるか、ポートフォリオ設計を行うのは僕のポジションの果たすべき役目だと思ってます。

率先したリスクテイクが次の成長につながる
──加藤さんは私が出会ってからの2年間、常に新しい挑戦をされて、フットワーク軽く大きな組織を動かしていくという印象です。
組織を動かすという部分でいうと、もともと僕はマネージャーというよりはプレイヤー、それも「超」がつくほどのプレイヤー(笑)。自分でやったほうが誰よりも早く、誰よりもクオリティ高くできると思っていたタイプでした。ところが階層が上がっていくと、今あるタスクを全て自分でやるのは無理じゃないですか。マネジメントする組織が大きくなってようやく、人に任せること、信頼することを覚えたと言えますね。
──もともと、マネジメントタイプではなかったんですね。意外です。
逆に今は、自分がやったほうが…とか全く思わないですね。人に任せまくっている(笑)。
マネジメントする立場にあって大事にしていることがひとつあります。それは自分が常にリスクテイクするということ。自分が守りに入らないスタンスは、組織をマネージする上でも重要ではないかと思います。
──自らが率先してリスクを取りに行く姿勢ですね。そのチャレンジ精神を後押しする背景って何なんでしょう?
良くされる質問なのですが…実は何度考えても、答えが出てこないんです。自分のルーツと今の自分がどうつながっているか、とか。ひとつ言えることは、僕はいつも2番手3番手くらいにいたんですよね。勉強でもスポーツでもなんでも。1番になりたい欲求は常にあった。社会人になってからもそうでした。でも先に行ってる人とか圧倒的にアートな人っているから、その人たちに追いついて勝つためには、人より汗をかいてどんどんリスクテイクしていかなければいけないというか。特に若い頃はそんなメンタリティだったと思います。
──その競争を楽しんでいる?
そうですね。楽しんではいます。
一方で、僕はいまだに、自分のことは2番手だと感じています。役職でいえばCOOタイプ。それは、僕自身がビジョナリーだと思っていないから。前職の、社長室責任者というポジションやアーティストのマネージャーは、自分でいうのも変ですがはまり役だったと思うんです。誰かのビジョンに共鳴して、それを実現に落とし込んでいく。アーティストマネージャーであればビジョンの描き手はアーティストだったし、社長室であればそれが松浦だった。
今、それがなくなって、ある程度自らの裁量で新規事業を構築していく段階にあるわけですが、最近よく考えることとして、リーダーは組織のピラミッドの上だけに存在しているわけじゃなくて、僕らの組織の場合は各事業に責任者がいるわけなので、彼らをリーダーとして僕はエンパワーメント側に回るっていうのが向いてるし、それが僕なりのマネジメントスタイルにつながっているんだと思います。
──加藤さんからは、常に次の一手を取っていく、強烈なリーダーシップを感じますよ。
目の前の次の一手という意味では、考えられる方だとは思います。
自分のキャリア目線だと、自分の現在地と、次に会社や世の中が求めている地点を照らし合わせて、次の一手、どこに飛び込んでいってリスクテイクすることが次の成長につながるだろうということが、割と感覚的かつロジカルに考えられるタイプかもしれないですし、組織マネジメントにおける次の一手もそうかもしれないです。
ただその先、10年20年後を考えると、社会に何を価値提供したいかとか、どうあるべきかということは正直まだ描けていない。そこを逆算した話はなかなか難しい。
だから、未来がクリアに見えている人が羨ましく思う時ももちろんあります。でも、これだけ外部環境が変化する中なので、このスタンスでもいいのかな、これが僕らしいのかなと今は思ってます。

──最後に、加藤さんにとってのエンターテインメントを教えてください。
「こういうエンターテインメントがあったね」という気づきは、もしかしたら敢えてエンターテインメントの範囲を決めないからこそ獲得できるのかもしれません。僕らエンターテインメントを提供する側が定義することが理想的ではないかもしれないですよね。受け取り手だって、誰かに規定されるエンターテインメントより、自分たちで気づくほうが楽しい。 テクノロジーによって、その楽しみ方自体が変わってきているということは大いに感じています。僕らとしてはエンターテインメントを広義に捉えながら、参加する側から「こういう出会いがあったね」「きっかけがあったね」という楽しみが生まれていく部分に携わっていきたい。日常のただなかにも、エンターテインメントは存在しているわけですから。
2019年12月 flags!掲載記事を転載